春生志乃の喜怒哀楽

投稿したネット小説の宣伝や日常的な事を中心に書いています

お久しぶり

お久しぶりです、春生志乃です。

覚えている方はいらっしゃいますでしょうか。


私は未だ小説はスランプ、そして鬱と格闘中で御座います。

何度蹴り倒しても何度も何度も這い上がってくるこの鬱は一体何で出来ているやら。

私の不安やストレスで出来ているのかしら?

否、でも理由もなしにやってくることもあるしなあ。

一体こいつはなんなのだろうか。

はてさて、毎日はこんな感じです。



なんとつまらない人生!



@harukisn

失い気付く


私は持病からやむを得ず大学を中退したのだが、失ってから気づくものは、意外にも多かった。
大学生と言う肩書きを持つと電車賃が安くなったり、カラオケが安くなったり、社会的優位に立てていた気がする。
けれど学生を止め、夢を追うと決めてからというもの、その社会的優位であった立ち位置から真っ逆さまに落ちて、今や社会の底辺となっている。
社会の底辺は本当に酷い。
高卒と言う肩書きしか無い今、働く先も限られ、結局やりたかった事を出来るまでの道程が長くなってしまった。
人は失ってから初めて大切さに気付くと言う言葉があるが、私はその言葉をなんだそれなんて、最初は蹴散らしていたが、現状では、その言葉が痛い程身に染みる。
一歩踏み間違えただけで、こんなにも人生が変わってしまうのか。
けれど、私は気付く事が出来たのだ。
家に居る時間の大切さ、自分は恵まれていたのにそれを絶ってしまったという事にだ。



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現在進行形で読んでいる本について

最近読み始めた、森見登美彦先生の「夜行」のお話です。

序章を読んだ時点で、ああ、森見先生だなんて思いながら、二章まで読み進めました。

簡単にあらすじを説明しますと、十年前に鞍馬の火祭りで姿を消した長谷川さんと言う女性を中心として、話が展開していきます。

そして長谷川さんが姿を消した時に居合わせた仲間全員に「夜行」と言う不思議で引き込まれる絵が関係して、その夜行をキーワードとして、それぞれの仲間達の語りが始まります。


私が二章まで読んだ感想として、なんだか森見先生の冥談の中に収録されている「庭のある家」、チックな感じがしました。

それは話が似ている、だとかそう言うことでは無く、一つ一つを読み終わるごとに背筋がゾクリとするのです。

庭のある家を読んだ時の、あのゾクリとした感じに似ていました。

話が展開していくうちに、現実なのか否か、何か話が食い違って来る、本当にそれは現実であるのか、そんな感じの感覚です。

まだ私は最後までは読んでいませんので、全てを語る事は出来ませんが、読み終えた時に、長谷川さんや、夜行についての全てを知ると思うとワクワクして仕方がありません。

そんな小説が、自分にも書けたらなんて、夢ばかり見ていますが、この小説はそんな心を揺さぶる様な文章です。

まだ読んでいない方がいらっしゃいましたら、とてもオススメです。

ではまた次回。



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小説 「春」

いやはや、やっと小説を書きました。

ものすごく短い短編小説ですが、春と言えばキラキラしたものを想像しがちの中、かなりマイナスな思考で書きました。

春は全てが上手くいく、なんて有りはしないと言う事を伝えたかった、そんな小説です。

http://slib.net/71493

こちらから、読むことができます。

ではまた次回。



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春生、古本屋へ行く

最近、所謂知る人ぞ知れる、というような古本屋へ行ってまいりました。

 

それは私が知っていたのではなくT氏がデート先として選んだ場所ですが、まあ何といえますか、一言で言えば「古い一軒家を改造しました」みたいなボロボロの古本屋でございました。

 

中に入ってみますと、私から見たら年配の女性が一人店主としていましたが、その先には足場が有るか無いか、というほどの本がずらり並んでいました。

 

漫画から小説、洋書まで、地下一階から三階まで詰め込まれておりました。

 

私は敬愛する京極夏彦氏の「死ねばいいのに」と言う本を、綺麗な状態で半額以下で購入しました。

 

勿論大判の方でございます。

 

読み溜めた本があるにも関わらず、敬愛する先生の本で持っていないとなれば、買うしかございません。

 

まあそんなところで、今回のお話とさせていただきます。

愛読漫画 ライチ光クラブについて

私は多少嗜む程度に漫画を読むのだが、一番と言っていいほど好きな漫画が『ライチ光クラブ』だ。

昨年映画化もされ、有名俳優なども起用され尚更世間に知れ渡る事になっただろう。


私にとってライチ光クラブは美に対する探究心や生きる事への儚さを教えてくれた。

私はもともと変に美に執着している。

ずっと自分を見難い存在だと感じていた。

そして18で死のうと思っていた。

美しさは若さであると思っているからだ。

そんなとき、ライチ光クラブという作品に出会ったのだった。


私が特に好きなキャラクターは、雨谷典瑞、愛称はジャイボと言うキャラクターである。

作者、古屋兎丸先生の凄いなぁと思ったところは、僕らの光クラブという小学生の頃からライチ光クラブの惨劇があるに至るまでに描かれた漫画があるのだが、ライチ光クラブでジャイボは常川寛之、愛称はゼラというキャラクターに対して、同性にも関わらず愛というものを抱く。

僕らの光クラブを見ていると細かいコマや、ジャイボ自体が大きく出ていないコマでも、ジャイボがゼラに熱い視線を送っているのだ。

そこに古屋先生の凄さを感じた。

細かいところまでこだわっているところに、ライチ光クラブと言う漫画を愛しているのだと思った。

ライチ光クラブは1985〜1986年に『東京グランギニョル』と言う劇団が元となっている。

古屋先生はその劇団を見て、ライチ光クラブと言う漫画を描いたと耳にしたのだが、是非私も見て見たかった。

私が当時美しい青年であれば、演じてみたいなんて儚い夢さえも抱くほどだった。


ジャイボを演じた飴屋法水氏のツイッターをたまに拝見させていただくのだが、娘さんの画像などを見て微笑ましく感じる。


一言言えば、何度でも言うが、ジャイボは私にとって一番美しくて儚い存在だ。

愛に飢えて、飢えて、けれど実らない同性という壁。

いくら美しいとは言え女ではない。

男はやはり、女がいい。

男ではダメなのだ。

なら女よりも美しくなればいい。

なんて事が沸々と伝わって来て、愛に対して歪んでいると思われがちのジャイボだが、私はそこに美しさを感じる。

グロテスクでアングラな世界もまた惹かれる。

その時代だからこそ、また美しさに拍車をかけるのかもしれない。

とにかく、私が一番好きな漫画である。

読んだこともある人も、まだ無い人も、あの耽美でアングラな世界にまたまた引き込まれるであろう。


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才能の芽は出ずに終幕

自分の才能の芽はでないまま終わるのだなあ、と何と無くだが思っている。


私は売れて金儲けしたい、作家になって家の中で生活したいなどと思って自分の小説を書いたことはない。


ただ小説を書くにあたって、自分が書いた小説に喜怒哀楽して頂いたり、誰かにとって何かを与えられる小説を書きたいと、そう思って常に書いている。


沢山の人の目に触れなくても良い。


ただ自分の小説を読んで、死について書いた小説には「こう思う人間もいるんだな」や、おもしろおかしく書いた小説には「馬鹿だな」と率直に感じ取ってもらえたなら、私はそれ以上に嬉しいことはない。


私は2015年の16歳の時に、星空文庫に「解離性」というタイトルでつらつらと周りへの怒りをぶちまけた文学小説を投稿した。


そして2016年の秋頃に気が付いた。


「こんな自分の事ばかり書いていたら、誰も見てくれやしない


そこから一時書くのをやめた。


独りよがりの小説だったのだ。


そりゃあ、面白くなんてない。


けれど今は、読んで頂けるだけで感謝をし、自分の事ばかり書くのをやめた。


少し大人になったのだ。


けれど、所詮自分が他人に与えられるものは乏しく、評価だってされないし、所謂ファンなんかもつかない。


私の文への才能は、無いに等しい。


開花させずに萎れて死んでゆくだけだ。



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