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春生志乃の喜怒哀楽

投稿したネット小説の宣伝や日常的な事を中心に書いています

春生、古本屋へ行く

最近、所謂知る人ぞ知れる、というような古本屋へ行ってまいりました。

 

それは私が知っていたのではなくT氏がデート先として選んだ場所ですが、まあ何といえますか、一言で言えば「古い一軒家を改造しました」みたいなボロボロの古本屋でございました。

 

中に入ってみますと、私から見たら年配の女性が一人店主としていましたが、その先には足場が有るか無いか、というほどの本がずらり並んでいました。

 

漫画から小説、洋書まで、地下一階から三階まで詰め込まれておりました。

 

私は敬愛する京極夏彦氏の「死ねばいいのに」と言う本を、綺麗な状態で半額以下で購入しました。

 

勿論大判の方でございます。

 

読み溜めた本があるにも関わらず、敬愛する先生の本で持っていないとなれば、買うしかございません。

 

まあそんなところで、今回のお話とさせていただきます。

愛読漫画 ライチ光クラブについて

私は多少嗜む程度に漫画を読むのだが、一番と言っていいほど好きな漫画が『ライチ光クラブ』だ。

昨年映画化もされ、有名俳優なども起用され尚更世間に知れ渡る事になっただろう。


私にとってライチ光クラブは美に対する探究心や生きる事への儚さを教えてくれた。

私はもともと変に美に執着している。

ずっと自分を見難い存在だと感じていた。

そして18で死のうと思っていた。

美しさは若さであると思っているからだ。

そんなとき、ライチ光クラブという作品に出会ったのだった。


私が特に好きなキャラクターは、雨谷典瑞、愛称はジャイボと言うキャラクターである。

作者、古屋兎丸先生の凄いなぁと思ったところは、僕らの光クラブという小学生の頃からライチ光クラブの惨劇があるに至るまでに描かれた漫画があるのだが、ライチ光クラブでジャイボは常川寛之、愛称はゼラというキャラクターに対して、同性にも関わらず愛というものを抱く。

僕らの光クラブを見ていると細かいコマや、ジャイボ自体が大きく出ていないコマでも、ジャイボがゼラに熱い視線を送っているのだ。

そこに古屋先生の凄さを感じた。

細かいところまでこだわっているところに、ライチ光クラブと言う漫画を愛しているのだと思った。

ライチ光クラブは1985〜1986年に『東京グランギニョル』と言う劇団が元となっている。

古屋先生はその劇団を見て、ライチ光クラブと言う漫画を描いたと耳にしたのだが、是非私も見て見たかった。

私が当時美しい青年であれば、演じてみたいなんて儚い夢さえも抱くほどだった。


ジャイボを演じた飴屋法水氏のツイッターをたまに拝見させていただくのだが、娘さんの画像などを見て微笑ましく感じる。


一言言えば、何度でも言うが、ジャイボは私にとって一番美しくて儚い存在だ。

愛に飢えて、飢えて、けれど実らない同性という壁。

いくら美しいとは言え女ではない。

男はやはり、女がいい。

男ではダメなのだ。

なら女よりも美しくなればいい。

なんて事が沸々と伝わって来て、愛に対して歪んでいると思われがちのジャイボだが、私はそこに美しさを感じる。

グロテスクでアングラな世界もまた惹かれる。

その時代だからこそ、また美しさに拍車をかけるのかもしれない。

とにかく、私が一番好きな漫画である。

読んだこともある人も、まだ無い人も、あの耽美でアングラな世界にまたまた引き込まれるであろう。


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才能の芽は出ずに終幕

自分の才能の芽はでないまま終わるのだなあ、と何と無くだが思っている。


私は売れて金儲けしたい、作家になって家の中で生活したいなどと思って自分の小説を書いたことはない。


ただ小説を書くにあたって、自分が書いた小説に喜怒哀楽して頂いたり、誰かにとって何かを与えられる小説を書きたいと、そう思って常に書いている。


沢山の人の目に触れなくても良い。


ただ自分の小説を読んで、死について書いた小説には「こう思う人間もいるんだな」や、おもしろおかしく書いた小説には「馬鹿だな」と率直に感じ取ってもらえたなら、私はそれ以上に嬉しいことはない。


私は2015年の16歳の時に、星空文庫に「解離性」というタイトルでつらつらと周りへの怒りをぶちまけた文学小説を投稿した。


そして2016年の秋頃に気が付いた。


「こんな自分の事ばかり書いていたら、誰も見てくれやしない


そこから一時書くのをやめた。


独りよがりの小説だったのだ。


そりゃあ、面白くなんてない。


けれど今は、読んで頂けるだけで感謝をし、自分の事ばかり書くのをやめた。


少し大人になったのだ。


けれど、所詮自分が他人に与えられるものは乏しく、評価だってされないし、所謂ファンなんかもつかない。


私の文への才能は、無いに等しい。


開花させずに萎れて死んでゆくだけだ。



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要る存在と要なくてもいい存在につい

たまに、たまにだが、自分が誰かにとって本当に要る存在なのかと、自分自身に問う時がある。


あの人にとって自分がどの程度の人間なのかだとか、突然居なくなっても気にならない存在だとか、まあ誰しも一度は思った事があるだろう。


私は何かと機能不全な(親が離婚している)家庭で育ったのだが、母親に男ができるたびに自分の必要性について考えた。



「ああ、もう要らないのか」と何度も考えて、自殺未遂紛いの真似までした事さえあった。


いわゆるSNSだってリアルと同じ様に、仲の良いグループなんかが出来て、最初は「ああ楽しい。居場所がある」だなんて思うけれど、所詮は他人であるから、いつの間にかズレなんかが生じて、突然消えてみたりして、でも案外気付かれなかったりするのだ。


じゃあ自分にとっての居場所とは一体どこなのだろうか。


自室に引きこもろうが、それは殻に閉じ籠ったヤドカリみたいなもので、人間には誰かに必要とされなければ、本当の生きている意味なんて無いのではないか。


彼は私に「困難から逃げてもいい」なんていうけれど、これは困難と言うものでもない。


多様な人間がこの世には存在して、多様なりとも誰かに必要としてもらい、多少なりともその関係で世界が出来上がっている。


それを困難と言うのであれば、みんな逃げているし、この日本自体も平穏では無くなってしまう。


誰かが自分の他人への必要性について考えて、気を使って、合わせていかなければ、簡単に世界なんてものは崩壊してしまう。


だから私は、いつも自分の必要性について考える。


要るのかそれとも要らないのか。


そう考える事で、  自分が気に病もうが、世界は平穏に回り続けている。


そうしたらもっと「ああ自分は居なくてもいいのか」なんて思う。


私にとっての困難は、要らない自分が存在していることだ。


じゃあ死ねば済むかと言う話でもないのだけれど、最終的に逃げるとなれば、その道も一つなのかもしれない。


けれど私が自殺未遂までして未だ生きているのは、結局、他人に自分を必要としてもらいたいからなのだ。


私が死んだら心にこのくらいの穴ができるんだぞ、だとか、他人にとってはちっぽけなものだ。


人間は、いくら必要とされても結局は全て満たすことは出来ないのに、どうしてそこまで、私は、人間は、他人からの必要性を求めるのか。


結局色々ここまで語って来たが、人間はみんなただの寂しがり屋なのだ。


今そう思って居ない人間であっても、何かにぶち当たった時に、きっと「自分自身の必要性」について考えるだろう。


私から言える事は一つしかない。


それはただ寂しいだけだ、それだけ言えば充分だ。


寂しいのは、きっといつか何かで埋められる。


私が言えば、例えば小説を書いて他人に見てもらい、自分の内面を見てもらうことだ。


だから今現状で必要性について考えている人も、これから考えるであろう人も、死ぬ事なんて考える必要はない。


寂しさが癒えれば、必然と自身の必要性は勝手に、自分の中にも他人の中にも湧いてくる。


死を考えた時点で逃げたとは思わない。


私も死にたいと思ったり未遂だって何度もした。


けれど今生きているのは、やはり小さな事でも、たった一回きりのつまらない事でも、自分への必要性が感じられたからだ。


私はまだくだらなくも、自分をもっと他人に見てもらいたいし、埋もれている人も見ていきたいと思っている。


お互いそうしていく事で、自然と寂しさも、必要性も、いつかは考えなくなるだろう。



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小説 夢を彷徨う少女

 

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星空文庫と小説家になろうにて、新作小説をアップした。

 

本当にあった話のような、なかったような、そんなうずうずして気になるような小説に仕上げてみるよう、心がけ書いた。

 

( 画像の方は、「 GIRLY DORP 」様からお借りいたしました。 )

 


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春生と恋人のT

この歳になれば、まあ大体の人間は恋人なんかがいる。


私にはTという恋人がいるのだが、彼も小説好きである。


Tは京極夏彦氏を敬愛している。


よく小説について語らう。


そして私の小説にも意見を出す。


彼は私を先生なんかと、馬鹿にして呼ぶが、私はそんな呼び方をされるほど、大層な人間ではない。


所詮ただの一般人だ。


けれど誰かにそう呼ばれる事で自分への自信が湧いて「ああ、なんだか書けそうな気がする」なんて思うのだ。


彼が私に与える影響は小説を書く私にとっては必須なものなのかもしれない。


彼と私は恐らく恋人と呼べるものよりも同士に近いのだ。

 

好きだ好きだと言う熱烈なものではなく、小説について語らい、小説について喜怒哀楽する。


これこそ、求めていた極上の関係なのだ。



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子犬との戯れ

最近子犬を飼い始めたのだが、なんとも疲れる。


六時半に起こされ、飯を用意し、遊び、寝かせる、それの繰り返しである。


けれどそんな中でも、子犬の寝顔を見てるとなんとももどかしい気持ちになる。


「ああ、疲れた。私はこんなに疲れているのに寝やがって、まったく」


そんなことを口にしながらも、可愛くて可愛くて仕様がないのだ。


結局頭を撫でてやる。


なんと、かわいい!




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